宅地建物取引業法のクーリング・オフ制度について改正を求める意見書(令和7年6月3日)

目次

意見書の提出先

国土交通大臣
消費者庁長官
内閣府消費者委員会委員長
(参考提出)東京都知事

意見書の内容

宅地建物取引業法のクーリング・オフ制度について改正を求める意見書

令和7年6月3日
クレジット・リース被害対策弁護団
代 表 弁護士 葛 田   勲

第1 意見の趣旨
宅地建物取引業法37条の2を次のように改正することを求める。
1 同条1項2号(「申込者等が、当該宅地又は建物の引渡しを受け、かつ、その代金の全部を支払つたとき」はクーリング・オフを行うことはできないとするもの)を削除すること。
2 いわゆるクーリング・オフ妨害があった場合の規定を設けること。
3 宅地建物取引業者が「売主」となる場合に加え、「買主」となる売買契約についても同条の対象とし、売渡しの申込みをした者又は売買契約を締結した売主がクーリング・オフを行うことができるようにすること。

第2 意見の理由
1 総論(問題意識)
(1) 特定商取引法26条1項8号ロは、「宅地建物取引業法第2条第3号に規定する宅地建物取引業者(略)が行う同条第二号に規定する商品の販売又は役務の提供」を、同法の訪問販売規制の適用除外としている。したがって、これに該当する不動産取引については、特定商取引法のクーリング・オフ制度の適用はない。
その理由は、「他の法律によって消費者保護が適切に図られると認められるからである。」などと説明されている。確かに、宅地建物取引業法は、宅地建物取引業を免許事業として国又は都道府県の監督に服させているほか、宅地建物取引業者による宅地建物の売買契約についてクーリング・オフ制度を設けている(同法37条の2)。
しかしながら、宅地建物取引業者による訪問販売、とりわけ賃貸用物件(投資用マンション)やその共有持分の販売において、不適切ないし違法な勧誘が後を断たない(投資リスクに関する説明義務違反、マッチングアプリで知り合った者の結婚願望や恋愛感情等につけ込んだ勧誘、高齢者の判断力の低下につけ込んだ勧誘、クーリング・オフ妨害等)。
これに対して、現行の宅地建物取引業法のクーリング・オフ制度では、消費者保護が適切に図られているとは到底いい難い。
(2) また、特に高齢者を対象として、その自宅を訪問し、「リースバック」などと称して、当該高齢者が所有する自宅不動産を買い取るとの勧誘についても、トラブルが急増している。
この点、特定商取引法が規制する訪問購入の対象は「物品」(有体物たる動産)とされているため、不動産は対象とならず、一方で宅地建物取引業法37条の2の対象は「宅地建物取引業者が自ら売主となる宅地又は建物の売買契約」と規定しているため、宅地建物の買取りは対象とならず、上記のような取引は規制の間隙となっている。
(3) 当弁護団は、以上のような紛争を消費者側の代理人として多数取り扱ってきた経験を踏まえ、宅地建物取引業法のクーリング・オフ制度が適切に消費者保護の機能を発揮できるようにするためには、意見の趣旨記載の改正が最低限必要であると考える。

2 各論
(1) 意見の趣旨1項について

【事例1】
X1は80歳の男性で、一人暮らしをしている。
ある日、宅地建物取引業者であるA社の従業員が突然、X1の自宅を訪ねてきた。従業員は、X1にマンション投資を勧誘したが、X1は興味がないと言って断った。しかし、従業員はなお執拗に、「これからはもっとお金が必要になってくる。」などと述べて勧誘を継続した。そのため、X1は押し切られるようにして、ワンルームマンションを950万円で購入する旨の書面に署名捺印した。もっとも、その時点では、具体的な物件は決まっておらず、具体的な利回りやリスクの説明もなかった。
翌日、従業員は再度、X1の自宅を訪問した。従業員は、A社を売主、X1を買主とする不動産売買契約書を持参して、X1に署名捺印をさせた。その際、いわゆるクーリング・オフ告知書は交付されなかった。そして同日、従業員はX1を銀行に連れて行き、X1の預金口座からA社の預金口座に950万円を振り込ませた。
その約3ヶ月後、X1の長男が上記不動産売買契約の存在に気づいたが、その時点では既に同売買契約に基づく所有権移転登記はなされていた。


本事例において、X1はクーリング・オフ告知書の交付を受けていないが(宅地建物取引業法37条の2第1項1号、同法施行規則16条の6参照)、所有権移転登記が完了し、かつ代金全部の支払が済んでいるため、同法37条の2第1項2号により、クーリング・オフを行うことができない。
しかしながら、本事例では、説明義務違反や加齢による判断力の低下につけ込んだ点などに不当性が認められ得る。また、本事例のように、契約締結当日に金融機関に連れて行かれ売買代金の振込みをさせられるケースが多く見られるが、これは高齢者である買主が親族等に相談する時間を与えないための措置と考えられる。
このような事例の存在を前提とすると、登記・引渡し及び代金全額の支払が完了したとの事実のみをもってクーリング・オフができなくなるとするのは、消費者保護として明らかに不十分である(A社には損害賠償責任が成立し得るが、X1側にとってその立証は必ずしも容易ではない。)。
よって、宅地建物取引業法37条の2第1項2号は削除すべきである。
なお、例えば住宅ローンに係る抵当権の設定を受けた金融機関のような第三者については、善意無過失である限り、クーリング・オフの効果は対抗できないと解されるので、上記条項の削除により第三者の取引の安全が害されることはない。

(2) 意見の趣旨2項について

【事例2】
事例1と同様の事案において、X2は、B社の従業員からクーリング・オフ告知書の交付を受けたが、その告知書には、「自ら申し出た場合の自宅又は勤務先」での契約であることを理由として、「クーリング・オフ制度は適用されません。」と記載されていた(宅地建物取引業法37条の2第1項、同法施行規則16条の5第2号参照)。
X2は、契約締結から8日以上が経過した後に、この売買契約をクーリング・オフする旨の通知をB社に発送したが、B社は、同契約にクーリング・オフ制度の適用はないこと、仮に適用があるとしてもクーリング・オフ告知書の交付から8日が経過していることを理由に、クーリング・オフを認めなかった。


本事例では、実際にはB社の従業員がいわゆる飛び込みの営業でX2を勧誘しており、X2が「その自宅又は勤務する場所において宅地又は建物の売買契約に関する説明を受ける旨を申し出た」事実はない。そうすると、X2が締結した不動産売買契約は本来はクーリング・オフ制度の適用対象であるのに、従業員は適用除外であるとの不実のことを告げたことになる。
このような場合、特定商取引法では、いわゆるクーリング・オフ妨害として、販売業者が改めてクーリング・オフができる旨を記載した書面を消費者に交付し、それから8日を経過するまでは消費者はクーリング・オフをすることができるものとしている(同法9条1項)。
本事例のようなケースの存在を踏まえると、宅地建物取引業法37条の2にもクーリング・オフ妨害の規定が必要であることは明らかである。

(3) 意見の趣旨3項について

【事例3】
X3は87歳の女性で、自分が所有するマンションで一人暮らしをしている。
ある日、宅地建物取引業者であるC社の従業員が突然、X3の自宅を訪問し、X3が居住するマンションの買取りを提案した。X3にはマンションを売却する予定も必要もなかったが、従業員は、「本当は900万円程度の物件だが、今なら1100万円で買う。」、「この物件を欲しがって待っている人がいる。」などと述べたほか、「売却してもこのまま住み続けられる。」などと申し向けて、執拗にX3を勧誘した。そのため、X3は困惑して、マンションを1100万円でC社に売却することを承諾した。そうしたところ、従業員は、近くのコンビニに行って、X3を売主、C社を買主とする不動産売買契約書と、C社を賃貸人、X3を賃借人、賃料月額15万円とする賃貸借契約書を印刷した上で、X3の自宅に戻ってきて、X3にそれらの契約書に署名捺印をさせた。
後に、X3のマンションは少なくとも2000万円程度の価値があること、及びX3は軽度のアルツハイマー型認知症を患っていることが判明した。
X3は月額15万円の賃料が負担となり、経済的に困窮することとなった。


本事例でも、X3は、B社に対し、不法行為に基づく損害賠償請求、公序良俗違反による無効、錯誤取消し等を主張し得るが、一般的にその立証のハードルは相当に高いといわざるを得ない。
このような事例をクーリング・オフによって解決できるようにするため、宅地建物取引業法37条の2を改正し、宅地建物取引業者が「自ら売主」となる場合に加え、「買主」となる売買契約についても同条の対象とすべきである。
なお、物件の転得者のような善意無過失の第三者にはクーリング・オフの効果は対抗できないと解されるので、そのような第三者が現れた場合、売主がクーリング・オフをしても、物件自体の返還は実現できなくなる可能性が高い。そこで、クーリング・オフの実効性を担保するため、訪問購入に関する特定商取引法58条の15を参考に、クーリング・オフが認められる期間は、売主は登記・引渡しを拒むことができるとの規定を設けることも検討すべきである。

以上

参照条文

◯宅地建物取引業法
第37条の2 宅地建物取引業者が自ら売主となる宅地又は建物の売買契約について、当該宅地建物取引業者の事務所その他国土交通省令・内閣府令で定める場所(以下この条において「事務所等」という。)以外の場所において、当該宅地又は建物の買受けの申込みをした者又は売買契約を締結した買主(事務所等において買受けの申込みをし、事務所等以外の場所において売買契約を締結した買主を除く。)は、次に掲げる場合を除き、書面により、当該買受けの申込みの撤回又は当該売買契約の解除(以下この条において「申込みの撤回等」という。)を行うことができる。この場合において、宅地建物取引業者は、申込みの撤回等に伴う損害賠償又は違約金の支払を請求することができない。
一 買受けの申込みをした者又は買主(以下この条において「申込者等」という。)が、国土交通省令・内閣府令の定めるところにより、申込みの撤回等を行うことができる旨及びその申込みの撤回等を行う場合の方法について告げられた場合において、その告げられた日から起算して8日を経過したとき。
二 申込者等が、当該宅地又は建物の引渡しを受け、かつ、その代金の全部を支払つたとき。
2 以下略

◯宅地建物取引業法施行規則
第16条の5 法第37条の2第1項の国土交通省令・内閣府令で定める場所は、次に掲げるものとする。
一 略
二 当該宅地建物取引業者の相手方がその自宅又は勤務する場所において宅地又は建物の売買契約に関する説明を受ける旨を申し出た場合にあつては、その相手方の自宅又は勤務する場所

第16条の6 法第37条の2第1項第1号の規定により申込みの撤回等を行うことができる旨及びその申込みの撤回等を行う場合の方法について告げるときは、次に掲げる事項を記載した書面を交付して告げなければならない。
一 買受けの申込みをした者又は買主の氏名(法人にあつては、その商号又は名称)及び住所
二 売主である宅地建物取引業者の商号又は名称及び住所並びに免許証番号
三 告げられた日から起算して八日を経過する日までの間は、宅地又は建物の引渡しを受け、かつ、その代金の全部を支払つた場合を除き、書面により買受けの申込みの撤回又は売買契約の解除を行うことができること。
四 前号の買受けの申込みの撤回又は売買契約の解除があつたときは、宅地建物取引業者は、その買受けの申込みの撤回又は売買契約の解除に伴う損害賠償又は違約金の支払を請求することができないこと。
五 第三号の買受けの申込みの撤回又は売買契約の解除は、買受けの申込みの撤回又は売買契約の解除を行う旨を記載した書面を発した時に、その効力を生ずること。
六 第三号の買受けの申込みの撤回又は売買契約の解除があつた場合において、その買受けの申込み又は売買契約の締結に際し手付金その他の金銭が支払われているときは、宅地建物取引業者は、遅滞なく、その全額を返還すること。

◯特定商取引法
第9条 販売業者若しくは役務提供事業者が営業所等以外の場所において商品若しくは特定権利若しくは役務につき売買契約若しくは役務提供契約の申込みを受けた場合若しくは販売業者若しくは役務提供事業者が営業所等において特定顧客から商品若しくは特定権利若しくは役務につき売買契約若しくは役務提供契約の申込みを受けた場合におけるその申込みをした者又は販売業者若しくは役務提供事業者が営業所等以外の場所において商品若しくは特定権利若しくは役務につき売買契約若しくは役務提供契約を締結した場合(営業所等において申込みを受け、営業所等以外の場所において売買契約又は役務提供契約を締結した場合を除く。)若しくは販売業者若しくは役務提供事業者が営業所等において特定顧客と商品若しくは特定権利若しくは役務につき売買契約若しくは役務提供契約を締結した場合におけるその購入者若しくは役務の提供を受ける者(以下この条から第9条の3までにおいて「申込者等」という。)は、書面又は電磁的記録(電子的方式、磁気的方式その他人の知覚によつては認識することができない方式で作られる記録であつて、電子計算機による情報処理の用に供されるものをいう。以下同じ。)によりその売買契約若しくは役務提供契約の申込みの撤回又はその売買契約若しくは役務提供契約の解除(以下この条において「申込みの撤回等」という。)を行うことができる。ただし、申込者等が第5条第1項又は第2項の書面を受領した日(その日前に第4条第1項の書面を受領した場合にあつては、その書面を受領した日)から起算して8日を経過した場合(申込者等が、販売業者若しくは役務提供事業者が第6条第1項の規定に違反して申込みの撤回等に関する事項につき不実のことを告げる行為をしたことにより当該告げられた内容が事実であるとの誤認をし、又は販売業者若しくは役務提供事業者が同条第3項の規定に違反して威迫したことにより困惑し、これらによつて当該期間を経過するまでに申込みの撤回等を行わなかつた場合には、当該申込者等が、当該販売業者又は当該役務提供事業者が主務省令で定めるところにより当該売買契約又は当該役務提供契約の申込みの撤回等を行うことができる旨を記載して交付した書面を受領した日から起算して8日を経過した場合)においては、この限りでない。
2 以下略

第58条の15 申込者等である売買契約の相手方は、前条第1項ただし書に規定する場合を除き、引渡しの期日の定めがあるときにおいても、購入業者及びその承継人に対し、訪問購入に係る物品の引渡しを拒むことができる。

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