特定商取引法・預託法上の書面交付の電子化に反対する意見書(令和3年1月25日)

特定商取引法・預託法上の書面交付の電子化に反対する意見書

2021(令和3)年1月25日

クレジット・リース被害対策弁護団

団 長 弁護士 瀬 戸 和 宏

意見の趣旨
特定商取引に関する法律、特定商品等の預託等取引契約に関する法律において、交付を義務づけられた契約書面等の書面につき、電磁的交付(電子メールでの送付等)を認める法改正に反対する。
 
意見の理由
1 当弁護団は、クレジットやリース等を決済手段に利用する消費者契約について、クレジット会社やリース会社の不適切与信が関係する事件の被害回復や救済を目的に活動している、東京三弁護士会に所属する74名の有志弁護士の団体(https://credit-lease.com/)である。
当弁護団が被害救済活動の対象としている事件には、特定商取引に関する法律(以下「特商法」という。)や特定商品の預託等取引契約に関する法律(以下「預託法」という。)に該当する商法が多いことから、これらの法律が定める書面交付義務のありようは、当弁護団の被害救済活動に直結する。
今般、消費者庁は、これらの法律に定める契約書面等の書面について、電磁的方法による交付(電子メールでの送付等)(以下「書面の電子化」)を認める法改正を具体的に検討しているとのことであるが、以下のとおり、消費者被害の予防及び救済の立場から当弁護団は強く反対する。
 
2 消費者庁は、2020年(令和2年)11月7日の規制改革推進会議成長戦略ワーキンググループにおいて、担当大臣から、オンラインでの完結型英会話教室等の特定継続的役務提供事業が、契約書面の交付義務があるために、オンラインで完結しないという問題提起を受け、「電磁的方法による送付を希望しないまたは受領できない消費者の利益の確保の方法や電磁的方法により送付した場合のクーリング・オフ期間の起算点等を整理した上で、デジタル化を促進する方向で、適切に検討を進めて参りたい。」と回答した。
その後消費者庁は、2021年(令和3年)1月14日の第335回消費者委員会において、オンライン完結型の特定継続的役務提供にとどまらず、特商法上のすべての取引類型及び預託法上の取引について、消費者の承諾があった場合には一律に書面の電子化を認める法改正を行うとの方向性を示した。
しかしながら、こうした消費者庁の示す法改正の方向性は極めて問題の多いものであって、仮に改正が実現した場合は、消費者の被害救済が著しく阻害されるだけでなく、被害の拡大が予想される。
 
3 そもそも特商法や預託法における書面交付義務の履行により、次のような機能が期待されている。
(1)書面の交付により、消費者が積極的に契約内容を点検する機会が与えられ、勧誘文言や広告表示と実際の契約内容との齟齬に気づく可能性が高まる。
(2)赤枠の中に赤字で、且つ一定以上の大きさのポイントによる記載で、クーリング・オフ制度が知らされる。
(3)紙の交付により書面が物理的に残され、消費者の手元に長く残る。後に契約内容を確認できる。消費者側のスマートフォンの機種変更等電子機器の交換によって失われる危険性の高い電磁的記録物より、長期間保存される可能性が高まる。
(4)契約者以外の家族や高齢者等の見守り活動に関与している人たちなども書面内容を確認して、契約の存在や意思表示の内容を認識しうる。
(5)クーリング・オフの起算点やクーリング・オフ期間の算定が容易になる。
(6)契約時の意思表示が固定されて消費者の手元にも残り、改ざんが容易ではない。
なお、書面交付義務は、クーリング・オフ妨害があった場合にも適用され、その場合には、改めて法定書面が交付され、且つ口頭でも改めて進行するクーリング・オフ期間が経過するまでクーリング・オフができる旨を伝えなければならないこととなっている。
書面の交付は、以上のような重要な機能を有するため、刑罰をもって、書面の不交付や交付した書面に不備や虚偽がないことを担保しようとしている。
 
4 当弁護団が過去に解決し、あるいは現に取り組んでいる集団消費者被害事件でも、こうした特商法・預託法の書面交付義務を根拠に権利の回復を目指しているものは多い。以下、当弁護団扱っている事件の中から例を示す。
(1)悪質販売店が「モニターになってくれれば月々のモニター料が支払われるから、クレジット利用の商品購入契約を締結しても、月々の支払いの負担はゼロ。」などと勧誘して若年者に高額な化粧品を購入させ、数ヶ月後にはモニター料の支払いを止めて、700名を超える多数の被害者を出した事案では、契約が販売店の営業所以外の場所で締結された訪問販売であったところ、その契約書に書かれた商品名が不備であったことからクーリング・オフの抗弁を信販会社に対抗した例がある。
(2)いわゆる情報商材の事例では、最初の勧誘は、LINE等から行われ、数千円~数万円程度の低額で購入させた後、この商材に関するサポートやさらに高額な収入が得られる上位ランクのコースがある、参加できる人数に限りがある等として電話をかけさせ(つまり、冷静な判断を欠く状況におき、契約を迫り、契約をしないと損をするかのように思わせている。)、電話の中で次の高額決済をさせる(電話中にクレジットカード番号を入力させる)ということがよくある。この2番目の契約は電話勧誘販売に該当するが、書面不交付なので、クーリング・オフの主張ができる。事業者側は、①消費者からかけてきた(26条7項1号)、②消費者性(26条1項1号)で争ってくるが、①については、LINE等の証拠があり、否定しやすく、②についても、最近の消費者庁取引対策課の解釈では突破しやすくなっている。しかし、そもそも紙の書面交付不要とされてしまうと、このような主張ができなくなってしまうし、冷静な判断ができない状況にあるので、後述する「消費者の承諾があるときに限り」という限定は、ほぼ機能しない。
(3)小中高校生をもつ親に、モニターになってもらえれば、クレジットの毎月の支払は販売店が負担するなどと言って、学習教材等を販売し、販売店が破産して300名ほどの被害者が生じた事件では、信頼していた販売店から、クレジットの代金は販売店が負担するので支払義務はないとのことで、個別クレジットの申込書を勝手に代筆した上で、スマホでその書面を送ってくるといったことも散見されたが、画面があまりにも小さく、また、プリンター等も手元にない者が多く、書面の記載内容を確認することはできない状況だった。もちろん、現行法では、電磁的方法での書面交付が認められていないので、書面不交付となるが、電磁的方法での交付が認められれば、これも交付とみなされることになる。
 
5 書面の電子化が認められてしまうと、次のような弊害が発生する可能性がある。
(1)消費者が契約に用いる電子機器は、パソコン、タブレット、そして多くはスマートフォンであると思われる。これらの中に契約書面のデータが送付されても、それを開いて記載内容を確認するのは容易ではない。特にスマートフォンの場合、画面が小さいことから、書面全体を俯瞰して見ることが困難で、全体を眺めていて不審点に気づくという機会はほとんどないであろう。書面で交付された場合に比べ、契約書の持つ警告機能は著しく低下する。
仮に、書面という形式ではなく、法定書面等の記載事項を送信すれば足りるとしても、その量は膨大であり、一般的な消費者が電子機器、特にスマートフォンなどで内容を確認するというのは困難である。
(2)電子機器の場合、文字のポイントは画面を操作して小さくしてしまうことができるから、大きさが保たれる保証がない。その点からも警告機能は著しく劣る。
(3)パソコンやスマートフォンに契約書面等が送られてきても、新しい機種に変更したり、あるいは故障などで交換したりすると、中に入っていたデータが正しく引き継がれない可能性もある。消費者が、契約書面のデータを保存しない可能性が高くなり、後の紛争発生時に手元に契約書がないため、消費者の権利主張が十分できない事態が増加する可能性が高い。
(4)家族や親権者、高齢者等の見守りに関わる人たちが契約書面等を発見して、消費者被害が発覚するという事態はかなりの数に上る。特に判断能力の衰えた高齢者の場合や未成年者などは、自分では被害について自覚的に判断できないことも多く、周囲の発見によって救済されることも珍しくない。契約書面等が紙ではなく、パソコンやスマートフォン内部にある場合、周囲の者が気付くのは容易ではない。
(5)クーリング・オフ期間の起算点は、法定書面を交付した日である。交付された書面が法律で定めた記載事項をすべて満たした「法定書面」に該当するのかどうかは、書面を精査して法定要件の具備を確認するしかない。しかるにデータが失われてしまっている場合、要件の確認ができないことになる。クーリング・オフによって被害救済ができる場合が著しく減ってしまうことになる。
(6)消費者が契約書のデータを保管していないとき、事業者の保存しているデータを確認するしかない。現在も、事業者が保管する契約書のコピーを提出させて確認することはよく行われていることである。
ところが、この点、電磁的データは容易に修正することが可能であり、事業者が後日提出してきたものと、消費者に交付されたものとの同一性を担保できるのかが疑問である。
 
6 その他にも以下のような問題点が指摘できる。
(1)そもそも書面の電子化については、規制改革推進会議におけるデジタル化推進の議論において、民間における書面・押印・対面規制を横断的に見直すという動きの中で検討されているものであるが、参入規制や説明義務等の規制整備のない特商法や預託法の取引類型については、書面の電子化が許容されている他の業態と同列に論じることはできない。そして議論の端緒がオンライン完結型の特定継続的役務提供であったことからすれば、他の取引類型では書面の電子化を推進する立法事実も無い。
このような点の十分な立法事実の検討もなく他の業態と横並びで特商法・預託法の領域の書面の電子化を認めることは、更なる消費者被害拡大を招くことが明らかである。
(2)また、来年の2022年4月1日に成年年齢が18歳に引き下げられ、18・19歳の若者は民法の未成年者取消権を失うこととなり、若年者の消費者保護制度の大きな後退が見込まれる中、若年者に被害が顕著な訪問販売(キャッチセールスやアポイントメントセールス)や連鎖販売取引(いわゆるマルチ商法)について書面の電子化により被害の予防や救済を困難とする法改正は、成年年齢引下げによる若年者の消費者被害に対する施策を万全に行うとする政府の方針にも真っ向から反することとなるのであって、この点からしても到底認めることはできない。
(3)なお、消費者庁の改正案は、「消費者の承諾があるときに限り」とするもののようであるが、消費者の多くは、法定書面等の持つ消費者保護機能について理解していない方が大多数である。しかも、自分自身が、法定書面等によって守ってもらわなければならない問題のある契約を結ぼうとしているなどと認識していることはほとんどない。もしそのような認識があるなら、最初から契約などしないはずである。契約を結ぶ際には、将来のトラブルなど全く予想もせず、「紙の契約書はいらない」と回答することは十分予想される。特に利益を得ることを目的とし、契約内容が複雑な連鎖販売取引や業務提供誘引販売取引では、勧誘の場でのやり取りから、上記の事態が生じることは容易に予想されるし、若年者や高齢者のように判断力が不十分な者だけでなく、訪問販売や電話勧誘販売などの不意打ちにより正常な判断ができない状況にある場合には、そのことに付け込まれ、勧誘者の説明のまま上記の回答をしてしまうであろう。
これでは、特商法や預託法が書面交付義務を課した立法趣旨が大幅に減殺されてしまう。
 
7 そもそも特商法・預託法が重い書面交付義務を業者に課しているのは、こうした形態の取引では過去に多くの消費者被害を出してきた、との事実があるからである。
ひとたび消費者と事業者間のトラブルが顕在化すると、事業者との間では情報も交渉力も格差のある消費者が、正当な権利を確保することができないことが圧倒的に多い。そうした両者の格差を補完するため、事業者には書面交付義務が課され、それによって実質的に消費者の権利が守られるよう配慮されているのである。安易な電子化を行えば、特商法や預託法で消費者の権利保護はできなくなる。
よって、特商法・預託法の書面の電子化を認めることに反対する。

                                                               以 上

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