消費者契約に関する検討会報告書についての意見書(令和3年10月19日)

消費者契約に関する検討会報告書についての意見書

令和3年10月19日

消費者行政担当大臣 若宮健嗣 様
消費者庁長官 伊藤明子 様
消費者委員会委員長 後藤巻則 様

クレジット・リース被害対策弁護団

団 長 弁護士 瀬 戸 和 宏

第1 はじめに
当弁護団は、与信を伴う消費者被害を扱う弁護団として、東京の有志弁護士で組織する弁護団である。
現在は、クレジットカードでの決済も利用されることのある悪質出会い系サイト(いわゆるサクラサイト)、占いサイト、情報商材等被害や、金融機関の与信を伴う投資用マンション被害、販売店等の不正な勧誘による集団的な個別クレジット被害(直近では、町田市で塾を経営しながら、代金は業者が負担するからと説明して学習教材を販売して、倒産したエフォートカンパニー事件)などの消費者被害を取り扱っている。
そして、これらの被害事案の多くに共通する特徴として、事業者が消費者に対して不当な働きかけをして消費者の心理を巧みに操り、これによって消費者の意思決定が歪められているということが指摘できる。
当弁護団では上記のような消費者被害を多数取り扱ってきた経験を踏まえ、消費者庁の「消費者契約に関する検討会」による令和3年9月付け報告書(以下「報告書」という。)のうち、「消費者の心理状態に着目した規定」について、以下のとおり、意見を述べる。
 
第2 意見の趣旨
報告書で示されている「事業者が、正常な商慣習に照らして不当に消費者の判断の前提となる環境に対して働きかけることにより、一般的・平均的な消費者であれば当該消費者契約を締結しないという判断をすることが妨げられることとなる状況を作出し、消費者の意思決定が歪められた場合における消費者の取消権を設けること」には賛成である。
 
第3 意見の理由
1 当弁護団が取り扱ってきた被害事案
当弁護団としては、上記のような取消権の規定を創設することに賛成するものであるが、その理由として、当弁護団がこれまで取り扱ってきた被害事案を紹介しつつ、当該事案では現行法4条1項ないし3項に基づく取消しが困難であることを説明する。
(1) 投資用マンション(デート商法)被害
ア 事案の概要
消費者は、いわゆる婚活サイトを通じて知り合った者(投資用マンション販売事業者の従業員)から、投資用マンションの購入について勧誘を受け、当該マンションを購入した。その際、勧誘者は、消費者に対して好意を寄せているかのような態度を取ったり、結婚を意識しているかのような発言をするなどしており、また、消費者が当該勧誘者との結婚に発展し得る交際への期待を抱いていることに乗じて、上記勧誘を行っていた。
イ 現行法4条に基づく取消しが困難であること
同事案は、平成30年改正による法4条3項4号(恋愛感情等に乗じた人間関係の濫用)が追加される前のものであるが、いずれにしても同号に基づく取消しは困難である。すなわち、「当該消費者契約を締結しなければ当該勧誘を行う者との関係が破綻することになる旨を告げる」に該当する事実はなく、また、被害に遭った消費者は20代後半~40代の男女であり、相応の社会経験を有しているため、「社会生活上の経験が乏しいこと」の要件を充足するかも問題となる。さらに、投資用マンションを購入するに至った際の消費者の心理状態としては「困惑」とは言い難く、強いて分類するならば「幻惑」若しくは「浅慮」ということになろう。
なお、同事案の判決は、「勧誘者が、意思決定者に対して恋愛感情を有しておらず、同人との結婚ないし結婚に発展し得る交際をする意思もないのに、意思決定者をして自己に対する恋愛感情や、結婚ないし結婚に発展し得る交際への期待を生じさせて行為の結果の影響を十分吟味し得ない心情にさせて意思決定させることを主たる目的として、それらを秘した上で、同心情を持つような状況を作出し、同心情を利用して意思決定をさせる場合には、意思決定者において同心情に陥って意思決定をするについて、真実とは異なる情報に基づいているということができ、その点で意思決定者の意思決定の過程が歪められ、自由な意思決定を妨げられているということができる。」とし、かかる意思決定過程を歪める事態を作出する勧誘行為は違法であり、不法行為に該当すると判示したうえで、原状回復的損害賠償まで認めており、契約取消しを認めた場合と同じ結果をもたらしている(東京高判令和3年3月17日公刊物未搭載)。同判決は、消費者の心理状態に着目した規定の立法において、大いに参考になるものと考えている。
(2) 占いサイト被害
ア 事案の概要
消費者は、生活や人間関係などに不安や悩みを抱いている。そのような状況のなかで、占いサイトの広告を見て、会員登録のうえ無料鑑定を依頼すると、鑑定師(を名乗る者)から、あなたにはまれな幸運を得る機会が訪れており、その機会を活かす時間がわずかであることなどが強調されたメッセージが届く。その後、鑑定師は、最終鑑定を得るために必要であるなどと告げて、複数回にわたって呪文を唱えたりしながら特定の文字等を記載したメッセージを送信するよう指示をする。消費者がこの指示に従うと、さらに、鑑定師から運勢が上向いた旨を伝える鑑定結果のメッセージが送られてきて、これを受けて消費者が、結果が出たことの達成感や運勢向上による満足感を覚えていると、今度は、別の名を名乗る鑑定師があらわれ、上記と同様なやり取りを繰り返させる。なお、上記サイト内でメッセージを送信するには1通当たり150ポイント(1500円相当)を消費する仕組みとなっていた。
イ 現行法4条に基づく取消しが困難であること
同事案で登場する「幸運を得る機会」や「運勢」といった類のものは、客観的な事実により真実か否かを判断することができない性質のものであるため、不実告知による取消しは困難である。また、仮に断定的判断の提供に該当し得る告知がなされていた場合であっても、財産上の利得に影響しないことを理由に「将来における変動が不確実な事項」には該当しないと判断されるおそれもある。
さらに、上記事案において消費者がメッセージを繰り返し送信してしまう心理は、期待感をあおられたことによる「幻惑」であったり、幸運を得る機会を活かす時間がわずかであることを告げられたことによる「浅慮」であって、「困惑」ではない。そのため、法4条3項6号(霊感商法)による取消しも困難である(上記事案では、他の要件も満たさない。)。
なお、同事案の判決は、「何らかの悩みを抱えて多少なりとも精神的に不安定な状態にあり、かつ占いや鑑定の結果によってその状態から精神的に安定した状態に移行し得ると考えている会員の中には、上記・・・メールの内容が心理状態に過度に作用して、・・・サービスの効用及び費用などについて正常な判断をすることができない状態に陥ってメールのやり取りを繰り返し、その結果、ポイント購入のために自身の生活水準に比して多額の金銭を支出するに至る者がいることは容易に想像でき、本件各サイトを運営する被告・・・にも十分認識可能なものであったというべきである。そのような会員との関係においては、本件各サイトで提供されるサービスは、専ら金銭を支払わせるという不当な目的の下、心理的に正常な判断ができない状態に陥らせる不当な手段によって、不当に過大な金銭を支払わせているものというほかなく、そのサービスの提供行為は社会的に相当な範囲を著しく逸脱した違法な行為となると言わざるを得ない。」と判示している(東京地方裁判所令和元年12月2日判決・判タ1484号213頁。)。
なお、同事案と同じ運営会社の同一の業務を営んでいる別名称の占いサイトの訴訟事件 では、裁判官が補充尋問において、鑑定師を指導する立場にある鑑定師に対し、「悩みを抱えていたりして、弱っている状態の人にとっては、今なら幸せになれますよと、今、返信しないと幸せになれませんよとは表裏一体に受け取られる可能性があるのかなと思われる」と指摘している。
(3) 情報商材被害
ア 事案の概要
消費者は、アフィリエイト広告に関する情報商材について、同商材の販売事業者から「1人で無理なく月30万円稼ぐ仕組み作り」などとメールで勧誘を受け、また、初心者(と語る者)が同商材を利用して短期間で利益を得られるようになっていく紹介動画を見るうちに、非常に魅力的な商材であると思うようになった。最初の勧誘メールが届いてから約2週間後、事業者からようやく募集の準備が整ったので、期間限定で参加(購入)受付を行う旨が記載されたメールが送られてきた。消費者が、同メールに貼られたURLをクリックして同商材の購入サイトに遷移すると、カウントダウンのタイマーが動いていた。消費者は良い商材を逃すわけにはいかないと考え、同商材を購入した。なお、カウントダウンのタイマーはゼロになると、元の時間に戻って動き続ける仕様になっていた。
イ 現行法4条に基づく取消しが困難であること
同事案においては、事業者による勧誘文言をもって直ちに断定的判断の提供に該当するとまで言い切ることが難しく、また、当該商材を利用してもまったく稼ぐことのできない詐欺的商品とまでは直ちに断ずることができない側面があった。その意味で、上記事案は、消費者契約法の不当勧誘規制をかいくぐりつつ、消費者の目には魅力的な商材に映るように巧妙な勧誘(欺瞞的な勧誘)を行い、これによって消費者が魅力的な商材であると思うに至った頃に、時間制限を設けて購入を急かすことで、この機を逃すわけにはいかないという心理状態(「浅慮」ということになろう。)に陥った消費者が当該商材を購入してしまうという仕組みとなっていたといえる。
 
2 条項の在り方について
(1)消費者が「浅慮」や「幻惑」といった心理状態に陥る過程には多様かつ複合的な要因があると考えられる。そのため、消費者の検討時間を制限して焦らせたり、広告とは異なる内容の勧誘を行って不意を突いたり、長時間の勧誘により疲弊させたり、あるいは高揚感や期待感をあおるといった事業者の行為を細分化した規定にすべきではなく、一連の行為を総合的に捉えてその不当性を判断できるような包括的な規定を創設すべきある。このような考え方は、消費者契約法が消費者と事業者との間の契約に広く適用される包括的民事ルールであることにも適っている。
かかる観点から、事業者の行為については、報告書で示されているように「不当に消費者の判断の前提となる環境に対して働きかけること」といった要件にすることが適切と考える。
(2)また、事業者が「不当に消費者の判断の前提となる環境に対して働きかける」方法・態様が多種多様であるように、これによって消費者が陥る心理状態も様々であるから、敢えて「浅慮」や「幻惑」といった心理状態を要件として設定することは適切ではないと考える。このことは上記各事案で見たとおり、現行法4条3項の「困惑」では捉えきれないものの、取消しを認めるべき場合があることから明らかである。すなわち、消費者の心理状態がどうであれ、事業者による不当な働きかけによって、消費者の「意思決定が歪められた」ということが重要である。
かかる観点から、消費者の心理状態については、報告書で示されているように「消費者の意思決定が歪められた」といった要件にすることが適切と考える。
(3)そして、消費者の「意思決定が歪められた」か否かは、事業者による働きかけの方法・態様のほか、消費者が締結した契約の内容からも推認できると考えられる。すなわち、当該契約の内容が著しく不当である場合には、正常な判断ができる状態であればそのような契約を締結しないことが通常であるから、事業者の働きかけによって意思決定が歪められたであろうことが容易に推認できるし、当該契約の内容の不当性が低い場合であっても、当該消費者が当該契約を締結すべき動機がないとか、ミスマッチである場合には、事業者の働きかけによって意思決定が歪められたことが一定程度推認できるものと考えられる。
このように事業者による働きかけの不当性と、契約内容の不当性の相関関係のもとでその不当性の程度を判断し、取消しの可否が判断されることになれば、適切で柔軟な運用が可能となる。そして、上記の各被害事案のように不当性が高いものの、現行法4条では取消困難な場合においても取消しが可能になると考えられる。
(4)最後に、平成30年改正において追加された4条3項3号ないし8号(困惑類型)のように取消可能な類型を細分化して過剰なまでの要件を課すことは、消費者の利益の擁護を目的とする包括的民事ルールとしての機能を狭め、適切で柔軟な運用を阻害するものであり、第3次改正の議論を進めるにあたってはこのことを顧みる必要がある。
消費者の心理状態に着目した規定についても、消費者契約法が包括的民事ルールであることを念頭に置き、今後の立法過程において、事業者の行為ごとに細分化されることがないよう強く求める。

                                                                   以上

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