前払式支払手段に関する規律についての意見書(令和4年2月8日)

金融庁 長官 中島淳一 様
消費者庁 長官 伊藤明子 様
消費者委員会 委員長 後藤巻則 様

 

前払式支払手段に関する規律についての意見書

 

2022年(令和4年)2月8日
クレジット・リース被害対策弁護団
団 長 弁護士 瀬 戸 和 宏

 

 金融庁金融審議会は、2022年1月11日に「金融審議会 資金決済ワーキング・グループ 報告」(以下、「WG報告」という。)を公表した。WG報告第2章2では、前払式支払手段に関するAML/CFT の観点からの規律について述べられているところ、クレジットリース被害対策弁護団では前払式支払手段が利用されるサクラサイト[1]被害事件、占いサイト[2]被害事件、情報商材[3]被害事件、その他の架空請求被害事件等(以下、まとめて「サクラサイト等事件」という。)を多数扱っているため、前払支払手段に関する規律についての意見を述べる。

 

第1 意見の趣旨

 番号通知型の前払式支払手段について、(ⅰ)発行者に対して、発行額を少額にする等の商品性の見直しやシステム面での対応の検討等、転売を禁止する約款等の策定、転売等を含む利用状況のモニタリング、不正転売等が行われた場合の利用凍結等を行うとともに、利用者への注意喚起等を行う体制整備を求めること、(ⅱ) 当局として、商品性等から不正利用リスクが相対的に高いと考えられる前払式支払手段の発行者に対し、リスクに見合ったモニタリング体制が構築されているか等を確認するとともに、広くサービス利用者等に対し、転売サイトの利用等を控えるよう周知徹底を図るとすることにつき、賛成する。

 本人確認や疑わしい取引の届出等の義務を要する高額電子移転可能型前払式支払手段の範囲については、実効的な利用者保護が可能な範囲(具体的には1回あたりの譲渡額等は2万円超、1カ月当たりの譲渡額等の累計額は5万円超)とすべきである。

 

第2 意見の理由

 1 クレジットリース被害対策弁護団について

 クレジットリース被害対策弁護団は、東京三弁護士会に所属する弁護士によって平成17年に結成された弁護団であり、現在73名の弁護士が所属している。当弁護団は、その名称のとおりクレジットやリースが関わる消費者事件を数多く扱っており、サクラサイト等事件については、2013年(平成25年)以降1000件を超える事件を所属弁護士に配点している。サクラサイト等事件の被害額は、数万円から数千万円までと幅広いが、いずれについても、その決済方法は、銀行振込みやクレジットカード決済が利用されるほか、前払式支払手段が利用されることも極めて多い。

 2 前払式支払手段の現状について

 前払式支払手段は、原則、払い戻しが認められていないこと等も背景として、犯罪による収益の移転防止に関する法律(以下、「犯収法」という。)上、取引時確認(本人確認)義務や疑わしい取引の届出義務等が課されていない。

 しかし、前払式支払手段には、その価値の電子的な譲渡・移転が可能なタイプのもの(電子移転可能型)が増加しており、その利便性を悪用した事例が発生している。電子移転可能型の前払式支払手段は、①「残高譲渡型」と呼ばれる、QRコード決済など、発行者が管理する仕組みの中でアカウント間での前払式支払手段の残高譲渡が可能なものと、②「番号通知型」と呼ばれる、電子ギフト券や国際ブランドのプリペイドカードなど、発行者が管理する仕組みの外で前払式支払手段である番号等の通知により、電子的に価値を移転することが可能なものとに分けられる。前者については、不正利用防止の観点から、2019年(令和元年)12月の金融審議会ワーキンググループ報告に基づき、内閣府令等を改正し、発行者に対し、譲渡可能な未使用残高の上限設定や、繰り返し譲渡を受けている者の特定等の不自然な取引を検知する体制整備、不自然な取引を行っている者に対する利用停止等を義務付けた。これに対し、後者については、現行法上、これらの義務は課されていない。

 しかし、番号通知型においても、不正利用事案の例や、転売サイトの利用等に伴うトラブルも報告されているほか[4]、次に述べるとおり、当弁護団事件においても、番号通知型の前払式支払手段が悪用された事案が見受けられる。

3 具体的な事例

(1)事例1

 被害者X1は、連絡先不明のサクラサイト業者ないし情報商材の悪質業者から、前払式支払手段Aをコンビニで購入して代金を支払うように指示され、3か所のコンビニで、8回にわたって合計35万5000円分(1月21日に5万円×1回、1月23日に5万円×2回+2万5000円×1回、2月12日に5万円×3回+3万円×1回)のAを購入して、AのIDを撮影した写真を悪質業者にメール送信した。

 X1は、支払先が誰なのか正確に把握していなかったため、Aの発行会社に対し、支払先の販売会社名や商品名等について照会したところ、同社からは、本件においては、X1が購入したIDは同社が発行する3枚のカードに全て登録済みであるとのことだった。その後、上記カードの所有者情報について、開示請求をしたところ、同社は、カードの発行にあたっては、住所、氏名、生年月日、電話番号等の記載(入力)を求めるが、本人確認資料は求めないため、虚偽の申告をしている可能性もあるとのことだった。結局、3枚のカードの所有者情報は開示されたものの、いずれも連絡不能であり、上記所有者情報が虚偽であることは明らかであった。

 その結果、X1の被害回復はできなかった。

(2)事例2

 被害者X2は、複数の連絡先不明のサクラサイト業者から、前払式支払手段Bをコンビニで購入して支払うように指示され、コンビニ約10店で、24回にわたって合計71万8800円分(4月23日に5万円×8回+1万8800円、4月26日に5000円×1回、4月27日に2000円×1回、4月28日に3万円×2回+1万円×2回+3000円、4月29日に3万円×2回、5月3日に3万円×1回+1万円×1回、5月4日に3万円×1回、5月5日に3万円×1回、5月7日に2万円×1回、5月8日に3万円×1回)のBを購入して、Bの管理番号を撮影した写真をサクラサイト業者にメール送信した。

 上記のうち、65万3800円については管理番号が判明したため、発行会社に対して、支払先等の情報開示請求をしたところ、28万5000円については使われたサイト名と決済代行会社名の回答が得られたが、残りの36万8800円については、他のBへ残高引継したという回答であった。なお、残高引継ぎとは2個のBを1個のBにまとめるということである。

 そこで、発行会社に対し、残高引継されたBの利用先の情報開示請求には応じるのかとの質問をしたところ、弁護士会照会による開示請求には応じるが、正確な情報が得られるかはわからないとの回答だった。X2は、正確な情報が得られるかわからないのに調査費用をかけるのは嫌だと思い、これ以上の調査はあきらめた。

(3)事例3

 架空請求の事案。被害者X3のもとに請求があり、指示された通りクレジットカードで新幹線のチケットを購入し、それを換金して、銀行振込及び前払式支払手段Cで合計185万6960円(Cはコンビニで、合計132万1200円分を購入。内訳は5月29日に5万円×9回+4万8500円×1回、5月30日に5万円×7回+2万8700円×1回、5月31日に5万円×8回+4万4000円×1回)を、支払った。また、Cの控えは全て廃棄するように指示され、廃棄した。

 X3のもとに、Cの控えは全く残っていないが、コンビニ発行の領収証が残っていたため、そこから、決済先を開示してもらうよう、Cの発行会社に通知したところ、同社からは、コンビニ発行の領収証に記載されたデータをもとに、Cの全ての決済履歴が開示されたが、Cのほとんどが、直接、ゲーム等に使用されているようだった。しかし、4件ほどは、Cのウォレットにチャージされていて、そのIDも開示された。もっとも、上記ウォレットは、個人情報を入力せずに作成することができるため、Cの発行会社は個人情報を保持しておらず、これ以上の追跡はできなかった。

(4)事例4

 被害者X4は、サクラサイト業者から、前払式支払手段Dでの支払を指示されたことから、X4はコンビニでCを合計26万5000円(内訳は、7月4日に2万円×4回+3万円×1回、7月5日に3万円×2回+2万円×1回、7月6日に3万円×2回、7月8日に1万円×1回+3000円×1回+2000円×1回)購入した。

 X4は、上記Dの各管理番号を発行会社に伝え、これを利用した者を調査したところ、X4が購入したDについては、特定の3枚のDカードにチャージされた後、そのほとんどが、「JR東日本 みどりの窓口」で使われていることが判明した。利用されたDカードでは、頻繁に「チャージ」と「JR東日本 みどりの窓口」での利用が繰り返されていることから(JR東日本のみどりの窓口での利用は、新幹線等の回数券を購入した上で、それを換金していると推測された。)、弁護士会照会手続きにより、このDカードの所持者を調査したところ、カードの作成者3名が特定された。

 ただし、カード作成者らの説明は、Dカードを作って、そのカードを送ればお金が貰えるというアルバイトに応じたものとのことであった。作成者からは、当該Dカードに送金された被害者のDの金額の範囲で、返金を受けた。

(5)事例1から3は、アカウント(カード)作成時に本人確認がされていなかったため、被害回復ができなかった事案であり、事例4は本人確認がされていたために被害回復ができた事案である。

 サクラサイト等被害事案では、決済手段として銀行振込やクレジットカード決済も利用されるが、これらの場合については、被害者が消費生活センターや弁護士に相談すれば、交渉相手が特定されるため被害回復につながることが多い。しかし、前払式決済手段が利用され、決済代行業者を通じた決済がなされず、他者に譲渡された場合は資金の移転先が判明しないことが多く、被害回復は極めて困難である。

4 意見

(1)意見の趣旨1について

 WG報告では、番号通知型の前払式支払手段について、(ⅰ)発行者に対して、発行額を少額にする等の商品性の見直しやシステム面での対応の検討等、転売を禁止する約款等の策定、転売等を含む利用状況のモニタリング、不正転売等が行われた場合の利用凍結等を行うとともに、利用者への注意喚起等を行う体制整備を求めること、(ⅱ) 当局として、商品性等から不正利用リスクが相対的に高いと考えられる前払式支払手段の発行者に対し、リスクに見合ったモニタリング体制が構築されているか等を確認するとともに、広くサービス利用者等に対し、転売サイトの利用等を控えるよう周知徹底を図るという提案がなされている。

 上記提案が実現されれば、前払式支払手段の不正利用による被害が縮小することが見込まれるため、上記提案には賛成する。

(2)意見の趣旨2について

 現在、前払式支払手段発行事業者については、犯収法に基づく取引時確認(本人確認)義務や疑わしい取引の届出義務等は課されていない。しかし、WG報告では、前払式支払手段発行事業者と、銀行・資金移動業者やクレジットカード事業者等を含む他の特定事業者との間で、マネー・ローンダリング等への対応の差異の拡大を防止するため、「高額電子移転可能型前払式支払手段」を創設し、「高額電子移転可能型前払式支払手段」発行事業者に対し、取引時確認(本人確認)や疑わしい取引の届出義務等を課すべきとの提案がなされた。

 悪質業者が目的を達するためには決済手段の確保が必須であるところ、悪質業者は、規制の隙間を狙い、より規制の緩い決済手段の利用へ向かっていく。したがって、他の事業者との間で、マネー・ローンダリング等への対応の差異が拡大しないための対応策が策定されること自体は望ましいといえ、上記提案の方向性については賛成すべきものと考える。しかし、「高額電子移転可能型前払式支払手段」の範囲として、1回あたりの譲渡等が10万円超、又は、1カ月当たりの譲渡等の累計額が30万円超とするとの案については反対する。

 上記事例でも示したが、サクラサイト等の被害事案で前払式支払手段の価値が譲渡されたケースでは、本人確認が行われていないことが直接ネックとなって被害回復が妨げられている。また、前払式支払手段発行事業者自体が譲渡先について特定できていない以上、発行事業者が譲渡等につきモニタリング等をしても完全に被害を防止することは困難である。さらに、サクラサイト等の悪質業者は、少額の前払式支払手段を多数回利用させることによって、総額では高額の決済を行っている。これらの事情に鑑みれば、本来は全ての前払式支払手段について本人確認等を行うべきであり、WG報告で提言された範囲では狭すぎる。

 一方、全ての前払式支払手段について本人確認等を行うことは、費用と時間がかかることが懸念される。統計資料によれば、残高譲渡型前払式支払手段の1アカウントあたりの1日の譲渡額の平均額は4841円で、1か月当たりの平均額は6473円である[5]。また、前払式支払手段発行会社4社のチャージ残高の譲渡額の分布は10万円以上が0.1%で、2万円未満が約97%である[6]

 これらの数値からすると、1回あたりの譲渡額等は2万円超、1カ月当たりの譲渡額等の累計額は5万円超とすべきであり、このような範囲とすれば、利用者保護の必要性との関係からみても、過大なコストということはできない。

以上

 

[1] 国民生活センター 報道発表資料「速報!“サクラサイト商法”新たな手口にご用心! -性別・世代を問わず被害拡大の可能性も-」(平成24年7月26日)参照

[2] 国民生活センター 報道発表資料「それって占い?!占い師や鑑定士を名乗る者から次々とメッセージが届いてやめられない -占いサイトのトラブルに注意-」(令和2年11月26日)参照

[3] 国民生活センター 報道発表資料「簡単に高額収入を得られるという副業や投資の儲け話に注意! -インターネット等で取引される情報商材のトラブルが急増-」(平成30年8月2日)参照

[4] WG報告39頁

[5] 第4回金融審議会資金決済ワーキンググループ 資料3

[6] 第4回金融審議会資金決済ワーキンググループ 資料2の1

 

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