意見書:前払式支払手段に関する規律についての意見書(令和4年2月8日)


20211019消費者契約に関する検討会報告書についての意見書

金融庁 長官 中島淳一 様
消費者庁 長官 伊藤明子 様
消費者委員会 委員長 後藤巻則 様

 

前払式支払手段に関する規律についての意見書

 

2022年(令和4年)2月8日
クレジット・リース被害対策弁護団
団 長 弁護士 瀬 戸 和 宏

 

 金融庁金融審議会は、2022年1月11日に「金融審議会 資金決済ワーキング・グループ 報告」(以下、「WG報告」という。)を公表した。WG報告第2章2では、前払式支払手段に関するAML/CFT の観点からの規律について述べられているところ、クレジットリース被害対策弁護団では前払式支払手段が利用されるサクラサイト[1]被害事件、占いサイト[2]被害事件、情報商材[3]被害事件、その他の架空請求被害事件等(以下、まとめて「サクラサイト等事件」という。)を多数扱っているため、前払支払手段に関する規律についての意見を述べる。

 

第1 意見の趣旨

 番号通知型の前払式支払手段について、(ⅰ)発行者に対して、発行額を少額にする等の商品性の見直しやシステム面での対応の検討等、転売を禁止する約款等の策定、転売等を含む利用状況のモニタリング、不正転売等が行われた場合の利用凍結等を行うとともに、利用者への注意喚起等を行う体制整備を求めること、(ⅱ) 当局として、商品性等から不正利用リスクが相対的に高いと考えられる前払式支払手段の発行者に対し、リスクに見合ったモニタリング体制が構築されているか等を確認するとともに、広くサービス利用者等に対し、転売サイトの利用等を控えるよう周知徹底を図るとすることにつき、賛成する。

 本人確認や疑わしい取引の届出等の義務を要する高額電子移転可能型前払式支払手段の範囲については、実効的な利用者保護が可能な範囲(具体的には1回あたりの譲渡額等は2万円超、1カ月当たりの譲渡額等の累計額は5万円超)とすべきである。

 

第2 意見の理由

 1 クレジットリース被害対策弁護団について

 クレジットリース被害対策弁護団は、東京三弁護士会に所属する弁護士によって平成17年に結成された弁護団であり、現在73名の弁護士が所属している。当弁護団は、その名称のとおりクレジットやリースが関わる消費者事件を数多く扱っており、サクラサイト等事件については、2013年(平成25年)以降1000件を超える事件を所属弁護士に配点している。サクラサイト等事件の被害額は、数万円から数千万円までと幅広いが、いずれについても、その決済方法は、銀行振込みやクレジットカード決済が利用されるほか、前払式支払手段が利用されることも極めて多い。

 2 前払式支払手段の現状について

 前払式支払手段は、原則、払い戻しが認められていないこと等も背景として、犯罪による収益の移転防止に関する法律(以下、「犯収法」という。)上、取引時確認(本人確認)義務や疑わしい取引の届出義務等が課されていない。

 しかし、前払式支払手段には、その価値の電子的な譲渡・移転が可能なタイプのもの(電子移転可能型)が増加しており、その利便性を悪用した事例が発生している。電子移転可能型の前払式支払手段は、①「残高譲渡型」と呼ばれる、QRコード決済など、発行者が管理する仕組みの中でアカウント間での前払式支払手段の残高譲渡が可能なものと、②「番号通知型」と呼ばれる、電子ギフト券や国際ブランドのプリペイドカードなど、発行者が管理する仕組みの外で前払式支払手段である番号等の通知により、電子的に価値を移転することが可能なものとに分けられる。前者については、不正利用防止の観点から、2019年(令和元年)12月の金融審議会ワーキンググループ報告に基づき、内閣府令等を改正し、発行者に対し、譲渡可能な未使用残高の上限設定や、繰り返し譲渡を受けている者の特定等の不自然な取引を検知する体制整備、不自然な取引を行っている者に対する利用停止等を義務付けた。これに対し、後者については、現行法上、これらの義務は課されていない。

 しかし、番号通知型においても、不正利用事案の例や、転売サイトの利用等に伴うトラブルも報告されているほか[4]、次に述べるとおり、当弁護団事件においても、番号通知型の前払式支払手段が悪用された事案が見受けられる。

3 具体的な事例

(1)事例1

 被害者X1は、連絡先不明のサクラサイト業者ないし情報商材の悪質業者から、前払式支払手段Aをコンビニで購入して代金を支払うように指示され、3か所のコンビニで、8回にわたって合計35万5000円分(1月21日に5万円×1回、1月23日に5万円×2回+2万5000円×1回、2月12日に5万円×3回+3万円×1回)のAを購入して、AのIDを撮影した写真を悪質業者にメール送信した。

 X1は、支払先が誰なのか正確に把握していなかったため、Aの発行会社に対し、支払先の販売会社名や商品名等について照会したところ、同社からは、本件においては、X1が購入したIDは同社が発行する3枚のカードに全て登録済みであるとのことだった。その後、上記カードの所有者情報について、開示請求をしたところ、同社は、カードの発行にあたっては、住所、氏名、生年月日、電話番号等の記載(入力)を求めるが、本人確認資料は求めないため、虚偽の申告をしている可能性もあるとのことだった。結局、3枚のカードの所有者情報は開示されたものの、いずれも連絡不能であり、上記所有者情報が虚偽であることは明らかであった。

 その結果、X1の被害回復はできなかった。

(2)事例2

 被害者X2は、複数の連絡先不明のサクラサイト業者から、前払式支払手段Bをコンビニで購入して支払うように指示され、コンビニ約10店で、24回にわたって合計71万8800円分(4月23日に5万円×8回+1万8800円、4月26日に5000円×1回、4月27日に2000円×1回、4月28日に3万円×2回+1万円×2回+3000円、4月29日に3万円×2回、5月3日に3万円×1回+1万円×1回、5月4日に3万円×1回、5月5日に3万円×1回、5月7日に2万円×1回、5月8日に3万円×1回)のBを購入して、Bの管理番号を撮影した写真をサクラサイト業者にメール送信した。

 上記のうち、65万3800円については管理番号が判明したため、発行会社に対して、支払先等の情報開示請求をしたところ、28万5000円については使われたサイト名と決済代行会社名の回答が得られたが、残りの36万8800円については、他のBへ残高引継したという回答であった。なお、残高引継ぎとは2個のBを1個のBにまとめるということである。

 そこで、発行会社に対し、残高引継されたBの利用先の情報開示請求には応じるのかとの質問をしたところ、弁護士会照会による開示請求には応じるが、正確な情報が得られるかはわからないとの回答だった。X2は、正確な情報が得られるかわからないのに調査費用をかけるのは嫌だと思い、これ以上の調査はあきらめた。

(3)事例3

 架空請求の事案。被害者X3のもとに請求があり、指示された通りクレジットカードで新幹線のチケットを購入し、それを換金して、銀行振込及び前払式支払手段Cで合計185万6960円(Cはコンビニで、合計132万1200円分を購入。内訳は5月29日に5万円×9回+4万8500円×1回、5月30日に5万円×7回+2万8700円×1回、5月31日に5万円×8回+4万4000円×1回)を、支払った。また、Cの控えは全て廃棄するように指示され、廃棄した。

 X3のもとに、Cの控えは全く残っていないが、コンビニ発行の領収証が残っていたため、そこから、決済先を開示してもらうよう、Cの発行会社に通知したところ、同社からは、コンビニ発行の領収証に記載されたデータをもとに、Cの全ての決済履歴が開示されたが、Cのほとんどが、直接、ゲーム等に使用されているようだった。しかし、4件ほどは、Cのウォレットにチャージされていて、そのIDも開示された。もっとも、上記ウォレットは、個人情報を入力せずに作成することができるため、Cの発行会社は個人情報を保持しておらず、これ以上の追跡はできなかった。

(4)事例4

 被害者X4は、サクラサイト業者から、前払式支払手段Dでの支払を指示されたことから、X4はコンビニでCを合計26万5000円(内訳は、7月4日に2万円×4回+3万円×1回、7月5日に3万円×2回+2万円×1回、7月6日に3万円×2回、7月8日に1万円×1回+3000円×1回+2000円×1回)購入した。

 X4は、上記Dの各管理番号を発行会社に伝え、これを利用した者を調査したところ、X4が購入したDについては、特定の3枚のDカードにチャージされた後、そのほとんどが、「JR東日本 みどりの窓口」で使われていることが判明した。利用されたDカードでは、頻繁に「チャージ」と「JR東日本 みどりの窓口」での利用が繰り返されていることから(JR東日本のみどりの窓口での利用は、新幹線等の回数券を購入した上で、それを換金していると推測された。)、弁護士会照会手続きにより、このDカードの所持者を調査したところ、カードの作成者3名が特定された。

 ただし、カード作成者らの説明は、Dカードを作って、そのカードを送ればお金が貰えるというアルバイトに応じたものとのことであった。作成者からは、当該Dカードに送金された被害者のDの金額の範囲で、返金を受けた。

(5)事例1から3は、アカウント(カード)作成時に本人確認がされていなかったため、被害回復ができなかった事案であり、事例4は本人確認がされていたために被害回復ができた事案である。

 サクラサイト等被害事案では、決済手段として銀行振込やクレジットカード決済も利用されるが、これらの場合については、被害者が消費生活センターや弁護士に相談すれば、交渉相手が特定されるため被害回復につながることが多い。しかし、前払式決済手段が利用され、決済代行業者を通じた決済がなされず、他者に譲渡された場合は資金の移転先が判明しないことが多く、被害回復は極めて困難である。

4 意見

(1)意見の趣旨1について

 WG報告では、番号通知型の前払式支払手段について、(ⅰ)発行者に対して、発行額を少額にする等の商品性の見直しやシステム面での対応の検討等、転売を禁止する約款等の策定、転売等を含む利用状況のモニタリング、不正転売等が行われた場合の利用凍結等を行うとともに、利用者への注意喚起等を行う体制整備を求めること、(ⅱ) 当局として、商品性等から不正利用リスクが相対的に高いと考えられる前払式支払手段の発行者に対し、リスクに見合ったモニタリング体制が構築されているか等を確認するとともに、広くサービス利用者等に対し、転売サイトの利用等を控えるよう周知徹底を図るという提案がなされている。

 上記提案が実現されれば、前払式支払手段の不正利用による被害が縮小することが見込まれるため、上記提案には賛成する。

(2)意見の趣旨2について

 現在、前払式支払手段発行事業者については、犯収法に基づく取引時確認(本人確認)義務や疑わしい取引の届出義務等は課されていない。しかし、WG報告では、前払式支払手段発行事業者と、銀行・資金移動業者やクレジットカード事業者等を含む他の特定事業者との間で、マネー・ローンダリング等への対応の差異の拡大を防止するため、「高額電子移転可能型前払式支払手段」を創設し、「高額電子移転可能型前払式支払手段」発行事業者に対し、取引時確認(本人確認)や疑わしい取引の届出義務等を課すべきとの提案がなされた。

 悪質業者が目的を達するためには決済手段の確保が必須であるところ、悪質業者は、規制の隙間を狙い、より規制の緩い決済手段の利用へ向かっていく。したがって、他の事業者との間で、マネー・ローンダリング等への対応の差異が拡大しないための対応策が策定されること自体は望ましいといえ、上記提案の方向性については賛成すべきものと考える。しかし、「高額電子移転可能型前払式支払手段」の範囲として、1回あたりの譲渡等が10万円超、又は、1カ月当たりの譲渡等の累計額が30万円超とするとの案については反対する。

 上記事例でも示したが、サクラサイト等の被害事案で前払式支払手段の価値が譲渡されたケースでは、本人確認が行われていないことが直接ネックとなって被害回復が妨げられている。また、前払式支払手段発行事業者自体が譲渡先について特定できていない以上、発行事業者が譲渡等につきモニタリング等をしても完全に被害を防止することは困難である。さらに、サクラサイト等の悪質業者は、少額の前払式支払手段を多数回利用させることによって、総額では高額の決済を行っている。これらの事情に鑑みれば、本来は全ての前払式支払手段について本人確認等を行うべきであり、WG報告で提言された範囲では狭すぎる。

 一方、全ての前払式支払手段について本人確認等を行うことは、費用と時間がかかることが懸念される。統計資料によれば、残高譲渡型前払式支払手段の1アカウントあたりの1日の譲渡額の平均額は4841円で、1か月当たりの平均額は6473円である[5]。また、前払式支払手段発行会社4社のチャージ残高の譲渡額の分布は10万円以上が0.1%で、2万円未満が約97%である[6]

 これらの数値からすると、1回あたりの譲渡額等は2万円超、1カ月当たりの譲渡額等の累計額は5万円超とすべきであり、このような範囲とすれば、利用者保護の必要性との関係からみても、過大なコストということはできない。

以上

 

[1] 国民生活センター 報道発表資料「速報!“サクラサイト商法”新たな手口にご用心! -性別・世代を問わず被害拡大の可能性も-」(平成24年7月26日)参照

[2] 国民生活センター 報道発表資料「それって占い?!占い師や鑑定士を名乗る者から次々とメッセージが届いてやめられない -占いサイトのトラブルに注意-」(令和2年11月26日)参照

[3] 国民生活センター 報道発表資料「簡単に高額収入を得られるという副業や投資の儲け話に注意! -インターネット等で取引される情報商材のトラブルが急増-」(平成30年8月2日)参照

[4] WG報告39頁

[5] 第4回金融審議会資金決済ワーキンググループ 資料3

[6] 第4回金融審議会資金決済ワーキンググループ 資料2の1

 


2022/03/14更新



意見書:令和4年2月9日、金融庁、消費者庁、消費者委員会に「前払式支払手段に関する規律についての意見書」を提出しました。


令和4年2月9日、金融庁、消費者庁、消費者委員会宛に、「前払式支払手段に関する規律についての意見書」を提出し、資金決済業協会、キャッシュレス推進協議会にも参考送付しました。

 
意見書の内容は、意見書のページをご覧下さい。

 
(令和4年2月9日掲載)


2022/03/09更新



クレジット:いわゆる名義貸しによる学習教材のクレジット被害につき、クレジット代金支払債務の不存在確認及び既払金の返還を認める全面勝訴判決を得ました!


いわゆる名義貸しによる学習教材のクレジット被害(エフォート事件)につき、クレジット代金支払債務の不存在確認及び既払金の返還を認める全面勝訴判決を得ました!
 
詳細(判決書・解説)は、こちらをご覧下さい。


2022/01/18更新



判決:エフォート事件判決(東京地裁令和3年10月13日)


■ エフォート事件判決
 

① 主文・目次(1p~67p)
 
② 第1章・第2章(67p~235p)
 
③ 第3章 総論(236p~265p)
 
④ 第3章 個別認定〈抜粋〉(265p~381p)
 
⑤ 第3章 被告らの主張について・別表・別紙〈抜粋〉(2098p~最後)
 

 詳細(解説)は、こちらをご覧下さい。


2022/01/18更新



その他:年末年始のご相談受付について


当弁護団における各相談窓口の2021~2022年の年末年始のご相談受付は以下のとおりです。
 

【1】クレジット被害、リース被害
■電話での相談受付をしない期間
  12月28日(火)~1月10日(月・祝)
■12月28日(火)以降のメールフォームやFAXでの相談への対応
  1月11日(火)以降となります。
 
【2】サクラサイト・占いサイト被害、情報商材被害
■電話での相談受付をしない期間
  12月28日(火)~1月10日(月・祝)
■12月28日(火)以降のメールフォームやFAXでの相談への対応
  1月11日(火)以降となります。
 
【3】投資用マンション被害
■電話での相談受付をしない期間
  12月29日(水)~1月5日(水)
■12月28日(火)以降のメールフォームやFAXでの相談への対応
  1月6日(木)以降となります。
 
ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いいたします。


2021/12/22更新



判決:ナマズ消化器事件判決(東京地裁平成28年2月12日)


■ ナマズ消化器事件判決
 

ナマズ消火器事件/東京地裁平成28年2月12日判決

 

 詳細は、こちらをご覧下さい。


2022/01/18更新



意見書:令和3年10月19日、消費者行政担当大臣、消費者庁長官、消費者委員会委員長に、「消費者契約に関する検討会報告書についての意見書」を提出しました。


令和3年10月19日、消費者行政担当大臣、消費者庁長官、消費者委員会委員長に、「消費者契約に関する検討会報告書についての意見書」を提出しました。
意見書の内容は、意見書のページをご覧下さい。

 

(令和3年10月20日掲載)


2021/10/20更新



意見書:消費者契約に関する検討会報告書についての意見書(令和3年10月19日)


20211019消費者契約に関する検討会報告書についての意見書

 

                  消費者契約に関する検討会報告書についての意見書

                                                       令和3年10月19日
 
消費者行政担当大臣 若宮健嗣 様
消費者庁長官 伊藤明子 様
消費者委員会委員長 後藤巻則 様

                                                 クレジット・リース被害対策弁護団

                                                  団 長 弁護士 瀬 戸 和 宏

第1 はじめに
当弁護団は、与信を伴う消費者被害を扱う弁護団として、東京の有志弁護士で組織する弁護団である。
現在は、クレジットカードでの決済も利用されることのある悪質出会い系サイト(いわゆるサクラサイト)、占いサイト、情報商材等被害や、金融機関の与信を伴う投資用マンション被害、販売店等の不正な勧誘による集団的な個別クレジット被害(直近では、町田市で塾を経営しながら、代金は業者が負担するからと説明して学習教材を販売して、倒産したエフォートカンパニー事件)などの消費者被害を取り扱っている。
そして、これらの被害事案の多くに共通する特徴として、事業者が消費者に対して不当な働きかけをして消費者の心理を巧みに操り、これによって消費者の意思決定が歪められているということが指摘できる。
当弁護団では上記のような消費者被害を多数取り扱ってきた経験を踏まえ、消費者庁の「消費者契約に関する検討会」による令和3年9月付け報告書(以下「報告書」という。)のうち、「消費者の心理状態に着目した規定」について、以下のとおり、意見を述べる。
 
第2 意見の趣旨
報告書で示されている「事業者が、正常な商慣習に照らして不当に消費者の判断の前提となる環境に対して働きかけることにより、一般的・平均的な消費者であれば当該消費者契約を締結しないという判断をすることが妨げられることとなる状況を作出し、消費者の意思決定が歪められた場合における消費者の取消権を設けること」には賛成である。
 
第3 意見の理由
1 当弁護団が取り扱ってきた被害事案
当弁護団としては、上記のような取消権の規定を創設することに賛成するものであるが、その理由として、当弁護団がこれまで取り扱ってきた被害事案を紹介しつつ、当該事案では現行法4条1項ないし3項に基づく取消しが困難であることを説明する。
(1) 投資用マンション(デート商法)被害
ア 事案の概要
消費者は、いわゆる婚活サイトを通じて知り合った者(投資用マンション販売事業者の従業員)から、投資用マンションの購入について勧誘を受け、当該マンションを購入した。その際、勧誘者は、消費者に対して好意を寄せているかのような態度を取ったり、結婚を意識しているかのような発言をするなどしており、また、消費者が当該勧誘者との結婚に発展し得る交際への期待を抱いていることに乗じて、上記勧誘を行っていた。
イ 現行法4条に基づく取消しが困難であること
同事案は、平成30年改正による法4条3項4号(恋愛感情等に乗じた人間関係の濫用)が追加される前のものであるが、いずれにしても同号に基づく取消しは困難である。すなわち、「当該消費者契約を締結しなければ当該勧誘を行う者との関係が破綻することになる旨を告げる」に該当する事実はなく、また、被害に遭った消費者は20代後半~40代の男女であり、相応の社会経験を有しているため、「社会生活上の経験が乏しいこと」の要件を充足するかも問題となる。さらに、投資用マンションを購入するに至った際の消費者の心理状態としては「困惑」とは言い難く、強いて分類するならば「幻惑」若しくは「浅慮」ということになろう。
なお、同事案の判決は、「勧誘者が、意思決定者に対して恋愛感情を有しておらず、同人との結婚ないし結婚に発展し得る交際をする意思もないのに、意思決定者をして自己に対する恋愛感情や、結婚ないし結婚に発展し得る交際への期待を生じさせて行為の結果の影響を十分吟味し得ない心情にさせて意思決定させることを主たる目的として、それらを秘した上で、同心情を持つような状況を作出し、同心情を利用して意思決定をさせる場合には、意思決定者において同心情に陥って意思決定をするについて、真実とは異なる情報に基づいているということができ、その点で意思決定者の意思決定の過程が歪められ、自由な意思決定を妨げられているということができる。」とし、かかる意思決定過程を歪める事態を作出する勧誘行為は違法であり、不法行為に該当すると判示したうえで、原状回復的損害賠償まで認めており、契約取消しを認めた場合と同じ結果をもたらしている(東京高判令和3年3月17日公刊物未搭載)。同判決は、消費者の心理状態に着目した規定の立法において、大いに参考になるものと考えている。
(2) 占いサイト被害
ア 事案の概要
消費者は、生活や人間関係などに不安や悩みを抱いている。そのような状況のなかで、占いサイトの広告を見て、会員登録のうえ無料鑑定を依頼すると、鑑定師(を名乗る者)から、あなたにはまれな幸運を得る機会が訪れており、その機会を活かす時間がわずかであることなどが強調されたメッセージが届く。その後、鑑定師は、最終鑑定を得るために必要であるなどと告げて、複数回にわたって呪文を唱えたりしながら特定の文字等を記載したメッセージを送信するよう指示をする。消費者がこの指示に従うと、さらに、鑑定師から運勢が上向いた旨を伝える鑑定結果のメッセージが送られてきて、これを受けて消費者が、結果が出たことの達成感や運勢向上による満足感を覚えていると、今度は、別の名を名乗る鑑定師があらわれ、上記と同様なやり取りを繰り返させる。なお、上記サイト内でメッセージを送信するには1通当たり150ポイント(1500円相当)を消費する仕組みとなっていた。
イ 現行法4条に基づく取消しが困難であること
同事案で登場する「幸運を得る機会」や「運勢」といった類のものは、客観的な事実により真実か否かを判断することができない性質のものであるため、不実告知による取消しは困難である。また、仮に断定的判断の提供に該当し得る告知がなされていた場合であっても、財産上の利得に影響しないことを理由に「将来における変動が不確実な事項」には該当しないと判断されるおそれもある。
さらに、上記事案において消費者がメッセージを繰り返し送信してしまう心理は、期待感をあおられたことによる「幻惑」であったり、幸運を得る機会を活かす時間がわずかであることを告げられたことによる「浅慮」であって、「困惑」ではない。そのため、法4条3項6号(霊感商法)による取消しも困難である(上記事案では、他の要件も満たさない。)。
なお、同事案の判決は、「何らかの悩みを抱えて多少なりとも精神的に不安定な状態にあり、かつ占いや鑑定の結果によってその状態から精神的に安定した状態に移行し得ると考えている会員の中には、上記・・・メールの内容が心理状態に過度に作用して、・・・サービスの効用及び費用などについて正常な判断をすることができない状態に陥ってメールのやり取りを繰り返し、その結果、ポイント購入のために自身の生活水準に比して多額の金銭を支出するに至る者がいることは容易に想像でき、本件各サイトを運営する被告・・・にも十分認識可能なものであったというべきである。そのような会員との関係においては、本件各サイトで提供されるサービスは、専ら金銭を支払わせるという不当な目的の下、心理的に正常な判断ができない状態に陥らせる不当な手段によって、不当に過大な金銭を支払わせているものというほかなく、そのサービスの提供行為は社会的に相当な範囲を著しく逸脱した違法な行為となると言わざるを得ない。」と判示している(東京地方裁判所令和元年12月2日判決・判タ1484号213頁。)。
なお、同事案と同じ運営会社の同一の業務を営んでいる別名称の占いサイトの訴訟事件 では、裁判官が補充尋問において、鑑定師を指導する立場にある鑑定師に対し、「悩みを抱えていたりして、弱っている状態の人にとっては、今なら幸せになれますよと、今、返信しないと幸せになれませんよとは表裏一体に受け取られる可能性があるのかなと思われる」と指摘している。
(3) 情報商材被害
ア 事案の概要
消費者は、アフィリエイト広告に関する情報商材について、同商材の販売事業者から「1人で無理なく月30万円稼ぐ仕組み作り」などとメールで勧誘を受け、また、初心者(と語る者)が同商材を利用して短期間で利益を得られるようになっていく紹介動画を見るうちに、非常に魅力的な商材であると思うようになった。最初の勧誘メールが届いてから約2週間後、事業者からようやく募集の準備が整ったので、期間限定で参加(購入)受付を行う旨が記載されたメールが送られてきた。消費者が、同メールに貼られたURLをクリックして同商材の購入サイトに遷移すると、カウントダウンのタイマーが動いていた。消費者は良い商材を逃すわけにはいかないと考え、同商材を購入した。なお、カウントダウンのタイマーはゼロになると、元の時間に戻って動き続ける仕様になっていた。
イ 現行法4条に基づく取消しが困難であること
同事案においては、事業者による勧誘文言をもって直ちに断定的判断の提供に該当するとまで言い切ることが難しく、また、当該商材を利用してもまったく稼ぐことのできない詐欺的商品とまでは直ちに断ずることができない側面があった。その意味で、上記事案は、消費者契約法の不当勧誘規制をかいくぐりつつ、消費者の目には魅力的な商材に映るように巧妙な勧誘(欺瞞的な勧誘)を行い、これによって消費者が魅力的な商材であると思うに至った頃に、時間制限を設けて購入を急かすことで、この機を逃すわけにはいかないという心理状態(「浅慮」ということになろう。)に陥った消費者が当該商材を購入してしまうという仕組みとなっていたといえる。
 
2 条項の在り方について
(1)消費者が「浅慮」や「幻惑」といった心理状態に陥る過程には多様かつ複合的な要因があると考えられる。そのため、消費者の検討時間を制限して焦らせたり、広告とは異なる内容の勧誘を行って不意を突いたり、長時間の勧誘により疲弊させたり、あるいは高揚感や期待感をあおるといった事業者の行為を細分化した規定にすべきではなく、一連の行為を総合的に捉えてその不当性を判断できるような包括的な規定を創設すべきある。このような考え方は、消費者契約法が消費者と事業者との間の契約に広く適用される包括的民事ルールであることにも適っている。
かかる観点から、事業者の行為については、報告書で示されているように「不当に消費者の判断の前提となる環境に対して働きかけること」といった要件にすることが適切と考える。
(2)また、事業者が「不当に消費者の判断の前提となる環境に対して働きかける」方法・態様が多種多様であるように、これによって消費者が陥る心理状態も様々であるから、敢えて「浅慮」や「幻惑」といった心理状態を要件として設定することは適切ではないと考える。このことは上記各事案で見たとおり、現行法4条3項の「困惑」では捉えきれないものの、取消しを認めるべき場合があることから明らかである。すなわち、消費者の心理状態がどうであれ、事業者による不当な働きかけによって、消費者の「意思決定が歪められた」ということが重要である。
かかる観点から、消費者の心理状態については、報告書で示されているように「消費者の意思決定が歪められた」といった要件にすることが適切と考える。
(3)そして、消費者の「意思決定が歪められた」か否かは、事業者による働きかけの方法・態様のほか、消費者が締結した契約の内容からも推認できると考えられる。すなわち、当該契約の内容が著しく不当である場合には、正常な判断ができる状態であればそのような契約を締結しないことが通常であるから、事業者の働きかけによって意思決定が歪められたであろうことが容易に推認できるし、当該契約の内容の不当性が低い場合であっても、当該消費者が当該契約を締結すべき動機がないとか、ミスマッチである場合には、事業者の働きかけによって意思決定が歪められたことが一定程度推認できるものと考えられる。
このように事業者による働きかけの不当性と、契約内容の不当性の相関関係のもとでその不当性の程度を判断し、取消しの可否が判断されることになれば、適切で柔軟な運用が可能となる。そして、上記の各被害事案のように不当性が高いものの、現行法4条では取消困難な場合においても取消しが可能になると考えられる。
(4)最後に、平成30年改正において追加された4条3項3号ないし8号(困惑類型)のように取消可能な類型を細分化して過剰なまでの要件を課すことは、消費者の利益の擁護を目的とする包括的民事ルールとしての機能を狭め、適切で柔軟な運用を阻害するものであり、第3次改正の議論を進めるにあたってはこのことを顧みる必要がある。
消費者の心理状態に着目した規定についても、消費者契約法が包括的民事ルールであることを念頭に置き、今後の立法過程において、事業者の行為ごとに細分化されることがないよう強く求める。

                                                                   以上


2022/02/10更新



意見書:令和3年1月25日、内閣府規制改革推進会議等に、「特定商取引法・預託法上の書面交付の電子化に反対する意見書」を提出しました。


令和3年1月25日、内閣府規制改革推進会議等に、「特定商取引法・預託法上の書面交付の電子化に反対する意見書」を提出しました。
意見書の内容は、意見書のページをご覧下さい。

 

(令和3年1月26日掲載)


2021/01/26更新



意見書:特定商取引法・預託法上の書面交付の電子化に反対する意見書(令和3年1月25日)


特定商取引法・預託法上の書面交付の電子化に反対する意見書
 
内閣府規制改革推進会議議長 小林喜光 樣
内閣府特命担当大臣 井上信治 様
消費者庁長官 伊藤明子 様
消費者委員会委員長 山本隆司 様
 

            特定商取引法・預託法上の書面交付の電子化に反対する意見書

 

                                                 2021(令和3)年1月25日

 

                                                クレジット・リース被害対策弁護団

                                                  団 長 弁護士 瀬 戸 和 宏

意見の趣旨
特定商取引に関する法律、特定商品等の預託等取引契約に関する法律において、交付を義務づけられた契約書面等の書面につき、電磁的交付(電子メールでの送付等)を認める法改正に反対する。
 
意見の理由
1 当弁護団は、クレジットやリース等を決済手段に利用する消費者契約について、クレジット会社やリース会社の不適切与信が関係する事件の被害回復や救済を目的に活動している、東京三弁護士会に所属する74名の有志弁護士の団体(https://credit-lease.com/)である。
当弁護団が被害救済活動の対象としている事件には、特定商取引に関する法律(以下「特商法」という。)や特定商品の預託等取引契約に関する法律(以下「預託法」という。)に該当する商法が多いことから、これらの法律が定める書面交付義務のありようは、当弁護団の被害救済活動に直結する。
今般、消費者庁は、これらの法律に定める契約書面等の書面について、電磁的方法による交付(電子メールでの送付等)(以下「書面の電子化」)を認める法改正を具体的に検討しているとのことであるが、以下のとおり、消費者被害の予防及び救済の立場から当弁護団は強く反対する。
 
2 消費者庁は、2020年(令和2年)11月7日の規制改革推進会議成長戦略ワーキンググループにおいて、担当大臣から、オンラインでの完結型英会話教室等の特定継続的役務提供事業が、契約書面の交付義務があるために、オンラインで完結しないという問題提起を受け、「電磁的方法による送付を希望しないまたは受領できない消費者の利益の確保の方法や電磁的方法により送付した場合のクーリング・オフ期間の起算点等を整理した上で、デジタル化を促進する方向で、適切に検討を進めて参りたい。」と回答した。
その後消費者庁は、2021年(令和3年)1月14日の第335回消費者委員会において、オンライン完結型の特定継続的役務提供にとどまらず、特商法上のすべての取引類型及び預託法上の取引について、消費者の承諾があった場合には一律に書面の電子化を認める法改正を行うとの方向性を示した。
しかしながら、こうした消費者庁の示す法改正の方向性は極めて問題の多いものであって、仮に改正が実現した場合は、消費者の被害救済が著しく阻害されるだけでなく、被害の拡大が予想される。
 
3 そもそも特商法や預託法における書面交付義務の履行により、次のような機能が期待されている。
(1)書面の交付により、消費者が積極的に契約内容を点検する機会が与えられ、勧誘文言や広告表示と実際の契約内容との齟齬に気づく可能性が高まる。
(2)赤枠の中に赤字で、且つ一定以上の大きさのポイントによる記載で、クーリング・オフ制度が知らされる。
(3)紙の交付により書面が物理的に残され、消費者の手元に長く残る。後に契約内容を確認できる。消費者側のスマートフォンの機種変更等電子機器の交換によって失われる危険性の高い電磁的記録物より、長期間保存される可能性が高まる。
(4)契約者以外の家族や高齢者等の見守り活動に関与している人たちなども書面内容を確認して、契約の存在や意思表示の内容を認識しうる。
(5)クーリング・オフの起算点やクーリング・オフ期間の算定が容易になる。
(6)契約時の意思表示が固定されて消費者の手元にも残り、改ざんが容易ではない。
なお、書面交付義務は、クーリング・オフ妨害があった場合にも適用され、その場合には、改めて法定書面が交付され、且つ口頭でも改めて進行するクーリング・オフ期間が経過するまでクーリング・オフができる旨を伝えなければならないこととなっている。
書面の交付は、以上のような重要な機能を有するため、刑罰をもって、書面の不交付や交付した書面に不備や虚偽がないことを担保しようとしている。
 
4 当弁護団が過去に解決し、あるいは現に取り組んでいる集団消費者被害事件でも、こうした特商法・預託法の書面交付義務を根拠に権利の回復を目指しているものは多い。以下、当弁護団扱っている事件の中から例を示す。
(1)悪質販売店が「モニターになってくれれば月々のモニター料が支払われるから、クレジット利用の商品購入契約を締結しても、月々の支払いの負担はゼロ。」などと勧誘して若年者に高額な化粧品を購入させ、数ヶ月後にはモニター料の支払いを止めて、700名を超える多数の被害者を出した事案では、契約が販売店の営業所以外の場所で締結された訪問販売であったところ、その契約書に書かれた商品名が不備であったことからクーリング・オフの抗弁を信販会社に対抗した例がある。
(2)いわゆる情報商材の事例では、最初の勧誘は、LINE等から行われ、数千円~数万円程度の低額で購入させた後、この商材に関するサポートやさらに高額な収入が得られる上位ランクのコースがある、参加できる人数に限りがある等として電話をかけさせ(つまり、冷静な判断を欠く状況におき、契約を迫り、契約をしないと損をするかのように思わせている。)、電話の中で次の高額決済をさせる(電話中にクレジットカード番号を入力させる)ということがよくある。この2番目の契約は電話勧誘販売に該当するが、書面不交付なので、クーリング・オフの主張ができる。事業者側は、①消費者からかけてきた(26条7項1号)、②消費者性(26条1項1号)で争ってくるが、①については、LINE等の証拠があり、否定しやすく、②についても、最近の消費者庁取引対策課の解釈では突破しやすくなっている。しかし、そもそも紙の書面交付不要とされてしまうと、このような主張ができなくなってしまうし、冷静な判断ができない状況にあるので、後述する「消費者の承諾があるときに限り」という限定は、ほぼ機能しない。
(3)小中高校生をもつ親に、モニターになってもらえれば、クレジットの毎月の支払は販売店が負担するなどと言って、学習教材等を販売し、販売店が破産して300名ほどの被害者が生じた事件では、信頼していた販売店から、クレジットの代金は販売店が負担するので支払義務はないとのことで、個別クレジットの申込書を勝手に代筆した上で、スマホでその書面を送ってくるといったことも散見されたが、画面があまりにも小さく、また、プリンター等も手元にない者が多く、書面の記載内容を確認することはできない状況だった。もちろん、現行法では、電磁的方法での書面交付が認められていないので、書面不交付となるが、電磁的方法での交付が認められれば、これも交付とみなされることになる。
 
5 書面の電子化が認められてしまうと、次のような弊害が発生する可能性がある。
(1)消費者が契約に用いる電子機器は、パソコン、タブレット、そして多くはスマートフォンであると思われる。これらの中に契約書面のデータが送付されても、それを開いて記載内容を確認するのは容易ではない。特にスマートフォンの場合、画面が小さいことから、書面全体を俯瞰して見ることが困難で、全体を眺めていて不審点に気づくという機会はほとんどないであろう。書面で交付された場合に比べ、契約書の持つ警告機能は著しく低下する。
仮に、書面という形式ではなく、法定書面等の記載事項を送信すれば足りるとしても、その量は膨大であり、一般的な消費者が電子機器、特にスマートフォンなどで内容を確認するというのは困難である。
(2)電子機器の場合、文字のポイントは画面を操作して小さくしてしまうことができるから、大きさが保たれる保証がない。その点からも警告機能は著しく劣る。
(3)パソコンやスマートフォンに契約書面等が送られてきても、新しい機種に変更したり、あるいは故障などで交換したりすると、中に入っていたデータが正しく引き継がれない可能性もある。消費者が、契約書面のデータを保存しない可能性が高くなり、後の紛争発生時に手元に契約書がないため、消費者の権利主張が十分できない事態が増加する可能性が高い。
(4)家族や親権者、高齢者等の見守りに関わる人たちが契約書面等を発見して、消費者被害が発覚するという事態はかなりの数に上る。特に判断能力の衰えた高齢者の場合や未成年者などは、自分では被害について自覚的に判断できないことも多く、周囲の発見によって救済されることも珍しくない。契約書面等が紙ではなく、パソコンやスマートフォン内部にある場合、周囲の者が気付くのは容易ではない。
(5)クーリング・オフ期間の起算点は、法定書面を交付した日である。交付された書面が法律で定めた記載事項をすべて満たした「法定書面」に該当するのかどうかは、書面を精査して法定要件の具備を確認するしかない。しかるにデータが失われてしまっている場合、要件の確認ができないことになる。クーリング・オフによって被害救済ができる場合が著しく減ってしまうことになる。
(6)消費者が契約書のデータを保管していないとき、事業者の保存しているデータを確認するしかない。現在も、事業者が保管する契約書のコピーを提出させて確認することはよく行われていることである。
ところが、この点、電磁的データは容易に修正することが可能であり、事業者が後日提出してきたものと、消費者に交付されたものとの同一性を担保できるのかが疑問である。
 
6 その他にも以下のような問題点が指摘できる。
(1)そもそも書面の電子化については、規制改革推進会議におけるデジタル化推進の議論において、民間における書面・押印・対面規制を横断的に見直すという動きの中で検討されているものであるが、参入規制や説明義務等の規制整備のない特商法や預託法の取引類型については、書面の電子化が許容されている他の業態と同列に論じることはできない。そして議論の端緒がオンライン完結型の特定継続的役務提供であったことからすれば、他の取引類型では書面の電子化を推進する立法事実も無い。
このような点の十分な立法事実の検討もなく他の業態と横並びで特商法・預託法の領域の書面の電子化を認めることは、更なる消費者被害拡大を招くことが明らかである。
(2)また、来年の2022年4月1日に成年年齢が18歳に引き下げられ、18・19歳の若者は民法の未成年者取消権を失うこととなり、若年者の消費者保護制度の大きな後退が見込まれる中、若年者に被害が顕著な訪問販売(キャッチセールスやアポイントメントセールス)や連鎖販売取引(いわゆるマルチ商法)について書面の電子化により被害の予防や救済を困難とする法改正は、成年年齢引下げによる若年者の消費者被害に対する施策を万全に行うとする政府の方針にも真っ向から反することとなるのであって、この点からしても到底認めることはできない。
(3)なお、消費者庁の改正案は、「消費者の承諾があるときに限り」とするもののようであるが、消費者の多くは、法定書面等の持つ消費者保護機能について理解していない方が大多数である。しかも、自分自身が、法定書面等によって守ってもらわなければならない問題のある契約を結ぼうとしているなどと認識していることはほとんどない。もしそのような認識があるなら、最初から契約などしないはずである。契約を結ぶ際には、将来のトラブルなど全く予想もせず、「紙の契約書はいらない」と回答することは十分予想される。特に利益を得ることを目的とし、契約内容が複雑な連鎖販売取引や業務提供誘引販売取引では、勧誘の場でのやり取りから、上記の事態が生じることは容易に予想されるし、若年者や高齢者のように判断力が不十分な者だけでなく、訪問販売や電話勧誘販売などの不意打ちにより正常な判断ができない状況にある場合には、そのことに付け込まれ、勧誘者の説明のまま上記の回答をしてしまうであろう。
これでは、特商法や預託法が書面交付義務を課した立法趣旨が大幅に減殺されてしまう。
 
7 そもそも特商法・預託法が重い書面交付義務を業者に課しているのは、こうした形態の取引では過去に多くの消費者被害を出してきた、との事実があるからである。
ひとたび消費者と事業者間のトラブルが顕在化すると、事業者との間では情報も交渉力も格差のある消費者が、正当な権利を確保することができないことが圧倒的に多い。そうした両者の格差を補完するため、事業者には書面交付義務が課され、それによって実質的に消費者の権利が守られるよう配慮されているのである。安易な電子化を行えば、特商法や預託法で消費者の権利保護はできなくなる。
よって、特商法・預託法の書面の電子化を認めることに反対する。

                                                               以 上


2021/01/26更新